母のこと

こんにちは。

小河畑まむちん玲来(ちずこ)です。

2020年6月

母を看取りました。

2015年の12月に肺塞栓症で緊急入院したときに大腸がんが見つかり、肺の症状が落ち着くのを待って手術。

翌春に再発、再手術を経て自宅療養。

酸素チューブをつけての生活が始まりました。

この頃から軽い認知症の症状が現れていましたが、元々の性格とさほど変わらなかったので、公共の機関に頼らず親子ふたりで呑気にやっていましたが、次第に私の音楽活動や、てばなし協会のお仕事に滞りが出るようになり私自身の調子も芳しくない状態に…。

勇気を出して、民生員さんのお世話になり、認知症の診断を受け、ケアワーカーさんのご助言のもと、定期的にショートステイを活用しお互いの心身のバランスを取るよう心がけていました。

残念ながら昨年秋から別の病が発症し、救急車で緊急搬送されたのを機に、入退院を繰り返すようになるなか新型ウィルスの影響で、面会もできない状態になりました。

そして先月。

諸々の数値がお別れを示すものとなり、個室に移動して3日後に母は旅立ちました。

父やパートナーのときのように、お別れの瞬間に立ち会わずに済ませたい!と願っていたのですが(怖かったから)、本当に沢山の方々からご助言をいただいたことで見送る決心ができ、実際病室で母の手を取り、これまでのお礼を言ってから旅立ちを見届けることが叶いました。

間に合ったからいい。

そうでない場合はよくない。

そんなことが言いたいのではなくて、

看取りたい

看取られたい

両者の望みが叶った最期で良かったな。

単純にそう思っています…ということでして、これがもし間に合わなかったとしても

残念だったけど、やれることはやったんじゃないか?

と、思えていたと思いたいです。

まだあまり時間が経っていないこともあり、このあとまた気持ちが揺れたりたりするかもしれませんが、そこも含めて味わって、私は自分の残りの人生のハンドルを自分で握って、先へ進もうとしているところです。

私の周りにいる人たちは、それぞれの想いと私に合った距離感で接してくれています。

感謝しかないです。

これ以上の言葉が見つかりません。

遠慮し過ぎて逆に不躾なことになっていたり、開き直りが過ぎる私が痛々しく見える人もいるでしょう。

そこも直せたらいいのですが、直らないということは、直す気がないのかもしれません←開き直り始めました。

そんな私を放っておけない、憎めないと思ってくださる方々とテンヤワンヤしながら生きていこうと思った2020年6月でした。

少し滑稽なご報告になっているとは思いますが、これからも手話という言語がより広まっていくことと、聴こえる人たちの間にも

【てではなせたら】

言葉で伝えるのとは違った世界(気持ち)を持つ(知る)ことができると信じて、試行錯誤しながら

てばなし®︎の種を蒔いていきます。

出た芽に水を注ぐのは、次の世代になるかもしれないけれど、ひと粒でも多くのいろんなカタチの種を蒔いていきますね。

長くなりましたが、母を看取ったご報告と今後のてばなし協会についておはなしさせていただきました。

さいごまで根気よく読んでくださってありがとうございます。

2020.07.01 雨上がりの朝.

小河畑まむちん玲来.